清酒 雨後の月
 仁方地方から三原地方までの瀬戸内海沿岸地方は、広島酒発祥の地として知られ、古くから多くの造り酒屋があり、特に明治の初期、この地方の篤醸家三浦仙三郎氏が長年にわたり苦心研究の結果、花崗岩地帯を浸透する良質の軟水を利用した独特の軟水醸造法は、のど越しの良い甘口酒をかもすことに成功し県内外に広め、今日の広島酒の名声を不動のものにしました。
 清酒「雨後の月」相原酒造鰍ヘ、こうした天与の好条件、歴史的背景を持つ安芸の国随一の良港仁方の地で、明治8年酒造行を始め、依頼百余年の歳月酒一筋に品質の改良、醸造技術の研鑚に励み、徳富蘆花の「自然と人生」の短編題より二代目相原格が命名した「雨後の月」は、このロマンチックな酒名とともにまろやかな舌触りと絶妙なコクを誇る銘酒として親しまれています。
 特にここ数年間は、広島県産雄町を使用した大吟醸で、鑑評会等で好成績を残し、広島県型に徹した酒造りは多くの愛飲家に親しまれ賞賛されています。

会社概要

相原酒造株式会社 本社
〒737-0152
広島県呉市仁方本町1丁目25番15号
月 - 金 8:30 A.M. - 5 P.M.
TEL:0823-79-5008
FAX:0823-79-6247

代表者名
代表取締役社長 相原 準一郎

資本金
10,000,000円

主要生産品
清 酒 (雨後の月・金泉・不二若竹)

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会 社 沿 革:

明治8年10月
広島県賀茂郡仁方村、酒造業相原亀之助次男、相原格が分家し、酒造業を創業する。本家を本家不二家(現:相原本店)、分家は本家の北に位置したので北不二と称した。当時の酒銘は(白雪、去年の雪、若竹、山桜等)で、主な販売先は地元のほか、北九州沿岸【小倉、行橋、中津、大分、別府、津久見、佐伯等)で船便にて出荷。

昭和9年年5月
初代相原格死去に伴い、長男金木二代目格を襲名、この頃より酒銘を「雨後の月」と改め、若竹を除くほかの酒銘を廃し現在に至る。

昭和25年4月
二代目相原格死去に伴い、次男鉄也、家業を相続する。

昭和30年12月
経営組織を相原酒造株式会社に改組し、一切の権利、義務を継承し現在に至る。(初代社長:相原鉄也)

昭和40年6月
営業活動の強力なる推進と営業基盤の強化のため、山口の中枢に位置する下関市に下関出張所を開設。お得意様に対するいっそうの利便、サービスの徹底と業績の向上に努める。

昭和49年8月
代表取締役相原鉄也死去に伴い、相原君子、代表取締役に就任する。

昭和63年10月
相原準一郎、代表取締役に就任し、「品質第一」の徹底化を図る。

平成4年4月
級別廃止に伴い、上選酒(旧1級)本醸造に変更する。

平成11年2月
より品質を維持するため、呉市西神町に大型冷蔵庫(約60坪)を併設した倉庫を新設。

平成11年5月
より地酒、地元に特化するため下関出張所を閉鎖する。

平成13年6月
販路拡大のためインターネットによる販売を開始する。

その他
品質第一の徹底化を行った結果、現在平均精米歩合・特定名称酒比率・好適米使用率は県内トップである。また平成11年度より杜氏に全国新酒鑑評会金賞5回の実績を誇る39歳の新鋭堀本敦志を据え、更なる品質向上に努めている。地元に特化した米・水を使い、広島型の吟醸(香華やかで、米本来の甘みを引き出した酒)を醸すことを基本的な酒造りの目標としている。

 


鑑評会の成績(昭和50年〜平成11年まで):

 

広島県新酒品評会
昭和50年〜平成11年 連続最高位優等賞

広島国税局新酒鑑評会
昭和50年〜昭和51年・昭和53年〜昭和55年・昭和57年〜昭和63年・平成2年・平成5年〜平成11年 最高位優等賞

全国新酒鑑評会
昭和54年・昭和58年〜昭和59年・昭和61年・平成6年・平成11年 最高位金賞

第9回国際酒祭り(オタワ)
平成9年 純米吟醸・純米大吟醸部門 優勝 「雨後の月」

特選街(雑誌) 日本酒大賞
平成7年 大吟醸部門グランプリ 「雨後の月」

特選街(雑誌) 日本酒大賞
平成8年 本醸造部門グランプリ 「上選・雨後の月」

特選街(雑誌) 日本酒大賞
平成9年 純米酒部門グランプリ 「雨後の月」

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